高崎市旧跡 一里塚

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 高崎市一里塚
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高崎市一里塚

 江戸時代に江戸から京都まで続く道は、幹線道路としてとても大切にされていました。 江戸と京都を結ぶ幹線道路には、海沿いの道東海道と山沿いの道中山道)がありました。 一里塚というのは、慶長九年(1604年)に江戸幕府2代将軍秀忠の命令で主な街道が整備された時、街道一里(約4キロメートル)ごとに、目印で築かれたものです。

 中山道は、正徳6(1716)年に幕府から、「海道に対する山道であるから、公文書では中仙道の文字はあやまりであるというお触れが出されたそうです。 高崎市上豊岡町にある一里塚は、群馬県で唯一形の残っている一里塚で、樹齢380年と言われる榎(えのき)が塚の上にしげっています。 この一里塚は江戸日本橋から28里にあたり、中山道で江戸からの距離は約112kmになります。
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