高崎市旧跡 大信寺の徳川忠長の墓

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 高崎市大信寺の徳川忠長の墓
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高崎市大信寺の徳川忠長の墓

 二代目将軍秀忠の次男で駿河大納言と呼ばれた徳川忠長は、乱行があったとして高崎城に幽閉され、寛永10年(1633)に自刃させられました。通町の大信寺にある墓は高さ2.3メートル余の五輪塔で、周囲には石の玉垣がめぐらされ、正面の石扉には三葉葵の紋が刻まれています。死後43年前の四代将軍家綱のときに免罪されましたが、幕府に遠慮して墓を鎖でつないでいたため「鎖のお霊屋」と呼ばれていました。
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