■高崎・旧跡
少林山達磨寺
洗心亭
だるまの絵付け体験
だるまの眼入れ
少林山だるま市
だるまの起源
山名八幡宮
金井沢の碑(国特別史跡)
石碑の路(いしぶみのみち)
山ノ上の碑(国特別史跡)
倉賀野宿脇本陣
倉賀野宿日光例弊使街道と常夜灯
高崎市田町の街並み
高崎市大信寺の徳川忠長の墓
高崎市一里塚
高崎市上豊岡の茶屋本陣
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倉賀野宿脇本陣
中山道と例弊使街道の利用者行き交う倉賀野宿には、大名や上級武士の宿泊が重なった時に使用された2軒の脇本陣跡が残っていて、その1軒である須賀家の屋敷の一画には高札場が復元されています。倉賀野宿脇本陣須賀家の建物は明治36年の再建であるが、門は宿場時代のものです。
倉賀野宿は船問屋九軒という記録があり、河港として栄えたところです。安政2年(1855)発行の「五海道中細見独案内」に「倉かの宿かしより江戸まで下り舟あり」と記されています。倉賀野の烏川から利根川、江戸川と通じる水路は、下りが米、上りは塩が中心で、米は越後、信州からも峠を越えて運ばれてきていました。明治17年に鉄道が開通するまで、倉賀野河岸は荷が往来し、船大工の槌音が響く、活気に満ちた町並みでした。宿内には連子格子の家や土蔵も目につきますが、勅使河原本陣はその跡だけ、須賀脇本陣はいかめしい門だけが残っています。この家は明治まで旅籠として営業していました。
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