■高崎・旧跡
少林山達磨寺
洗心亭
だるまの絵付け体験
だるまの眼入れ
少林山だるま市
だるまの起源
山名八幡宮
金井沢の碑(国特別史跡)
石碑の路(いしぶみのみち)
山ノ上の碑(国特別史跡)
倉賀野宿脇本陣
倉賀野宿日光例弊使街道と常夜灯
高崎市田町の街並み
高崎市大信寺の徳川忠長の墓
高崎市一里塚
高崎市上豊岡の茶屋本陣
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だるまの起源
今から200年程前、天明の飢饉のころ農民救済のため少林山達磨寺九代東獄和尚が、心越禅師の描いた達磨大師の図を手本に木型を作り、農家の副業に張り子だるまを作らせたのが始まりと言われています。最初は、「一筆だるま」に似た「座禅だるま」、それが次第に繭の形に似た「繭型だるま」になり農家に広がっていきました。段々評判になるにつれて、形が丸く起き上がりやすくなり、現在の「縁起だるま」の形となり、一般の人達にも広がっていきました。
達磨大師は、インドの香至国の王子として生まれ、のちに出家し、お釈迦様から28代目の教えを継がれて、中国に渡りました。梁の武帝との問答や、中国少林寺での面壁九年の話は特に有名です。その教えは慧可禅師に継がれ、のちに日本へ伝わり現在では世界中に広がっています。禅宗では、初祖を達磨大師と仰ぎますが、七転八起、面壁九年の不撓不屈の精神は宗派を超え、誰からも親しまれ、慕われ、信仰されています。
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