高崎市旧跡 観光ガイド

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■高崎・旧跡
 少林山達磨寺
 洗心亭
 だるまの絵付け体験
 だるまの眼入れ
 少林山だるま市
 だるまの起源
 山名八幡宮
 金井沢の碑(国特別史跡)
 石碑の路(いしぶみのみち)
 山ノ上の碑(国特別史跡)
 倉賀野宿脇本陣
 倉賀野宿日光例弊使街道と常夜灯
 高崎市田町の街並み
 高崎市大信寺の徳川忠長の墓
 高崎市一里塚
 高崎市上豊岡の茶屋本陣

高崎市旧跡 観光ガイド

 高崎の地は「和田」と呼ばれていました。「高崎」という都市名の由来については、以下の伝承があります。 高崎城が和田城の跡に完成した際に、城主である井伊直政は、当地を「松ヶ崎」という名前に改めようと思いました。そこで、その件を常日頃から信頼を寄せている箕輪の龍門寺の住職である白庵に話しました。白庵は「もっともなことではありますが、諸木には栄枯あり、物には盛衰があるのは珍しいことではありません。殿様が、家康様の命を受けて和田の地に城を築いたのは権力の頂点に立った大名に出世されたからであります。そうであれば『成功高大』の意味を採って『高崎』と名付けた方がよいのではないでしょうか?」と言いました。白庵の含蓄ある言葉を聞いて喜んだ直政は、直ちに「和田」を「高崎」と改めました。そして白庵が箕輪から転住した龍広寺の山号に、「高崎」の2字を与え感謝の意を表しました。
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